手のひらの鍵

    by姫江 朔也様


 晶が無事に進学先が決まったことを報告したときに、
「卒業したら一緒に住まないか?」
 真剣な顔で櫻井が口にした。思ってもみなかった言葉に目が点になった。
「返事は今でなくていい。そうだな、僕の誕生日に貰えればいいよ。考えてみてくれないか?」
 熱っぽい真摯な瞳で見つめられ、晶はコクンと頷いた。
「…考えてみるよ」


 三月十四日、世間では一般では「ホワイトデー」であり、そして光稜学院の保険医、櫻井恭一の誕生日でもあった。学年末のテストも終わり、部活動のある生徒以外は休みとなっている。保険医の櫻井も例外なく休みのため、前日の晩から愛しい愛しい同性の恋人、早坂晶を自宅に連れこんでいた。連れこんだからと行って特別なことをする訳でもない。夜寝るときも、傍らに晶の温もりがあるだけで、櫻井の心は満たされる。晶が欲しくない訳ではないし、事実、二回だけとはいえ抱いたこともある。でも今は、そんなことよりもこの春卒業してしまう晶を繋ぎ止めておくことの方が大切だった。卒業してしまえば、今のように毎日顔を会わすことは出来なくなる。晶の自分に対する気持ちを疑う訳ではないけれど、大学といえば色々な意味で誘惑が多い。その内自分から離れて行ってしまいそうで怖かった。だが、当の晶はそんな櫻井の気持ちなど知る由もない。
「先生、誕生日おめでとう!」
 高級シャンパンとして名高いドン・ペリニョンとまではいかないが、それなりのシャンパンが用意されていた。ポンッと小気味良い音がして栓が飛ぶ。
二つのグラスに均等に注ぎ分けると、片方を櫻井に手渡した。
「三十回目の誕生日に乾杯!」
「ありがとう」
 チンと澄んだグラスの音が耳に心地よい。黄金色の液体が晶の中に消えていく。
「うん、結構美味いかも」
「今からお酒の味が判るなんて、晶は酒呑みかもしれないね」
「えっ?そうかな?」
「うん。多分ね」
 テーブルの上に並べられた色とりどりのオードブルをつまみながら、他愛もない会話を楽しむ。会話が途切れても苦痛ではなく、それすらも楽しいと思える関係。空気と同じでそばにいることが互いに当たり前になっていた。
「…晶、そろそろこの間の返事を訊いても良いかい?」
 櫻井の声に緊張が滲む。
「…一緒には住まない」
 覚悟を決めたような晶の言葉。
 予想していたとは言え、やはりはっきり言われるのは辛い。
「…どうして?」
 答えを訊くのが怖いのに、訊かずにはいられない。
「今まで家でも寮でも、人に囲まれた生活をしているだろ?だから一人で生活してみたいんだ。大学に通っている間の四年間は一人で頑張りたい。先生、オレが大学を卒業するまで待ってくれない?」
 自分を拒絶する理由ではなかったことに、櫻井は心底ほっとした。そして一度一人暮しをしてみたいという晶の気持ちは、櫻井にもよく解る。だから、
「…晶には敵わないな。あと四年待つよ。ただし、なるべく毎週僕と会えるようにすること。解った?」
 櫻井に出来る最大限の譲歩だった。
「解った。あ、そうだ。先生、手を出して」
 上着のポケットから取り出した紙袋を手のひらに乗せる。大きさの割には重さがあった。
「これは?」
「誕生日プレゼント」
「開けて良い?」
「どうぞ」
 袋から落ちてきたのは、小さなメモと鍵だった。
「!?」
 メモを開くと櫻井の家のすぐそばにあるアパートの名前と部屋番号が描いてあった。
「晶、これ…」
「四月から住むアパートの鍵。オレが先生のマンションの鍵を持っているのに、先生がオレの部屋の鍵を持っていないのは不公平だろ?」
 櫻井の中に深い喜びと晶に対する愛しさが湧き上がる。
「ありがとう、晶」
「わっ!」
 衝動のままに抱きしめる。
「言葉で言い表せないくらい嬉しいよ。ありがとう」
 耳元で囁くように告げる櫻井に、
「大げさだなぁ」
 笑って自分を抱きしめる体に腕を回す。
 顔を上げると目が合った。近づいてくる唇に誘われるように瞳を閉じ、櫻井の訪れを待つ。櫻井の手のひらから鍵が零れ落ち、床に跳ねる。
 そこから先は、鍵とシャンパンだけが知っている。

 おわり 

 

 


私のためにと(いや、違うかも…)朔也さんからお話を頂きました。
朔也さんの書かれるキャラクターはみんなみんな大好きです!
ゲームに出てくる彼らそのまま。
特に朔也さんの書く晶くんは大好きなんですよぉ。
朔也さんのダーリンとなる櫻井先生は言うことなしっ!ですしね

素敵な素敵なお話に心が優しくなります。
彼等を好きでよかったと思う瞬間です。

 

















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