梅雨の晴れ間の真昼の怪談

    by姫江 朔也様


 梅雨の晴れ間の日曜日、突然同じクラスの結城が晶の部屋を尋ねて来た。
「晶、お化け屋敷に行かねーか?先月のGWに出来たのが評判でさ」
 怖がりなくせにお化け屋敷の類が大好きな晶は目を輝かせた。
「行きたい!行こう!」
 ぱっと立ち上がって、財布を引っつかむ。
「準備OK!」
 あまりの素早さに結城の目が点になる。
「もういいのか?詳しい話しは歩きながらでいいよな?」
 くすくすと笑いながら、寄りかかっていた壁から体を起こす。
「勿論。結城はこのまま出られるのか?」
 寮の廊下を歩きながら、晶が尋ねてくる。
「ああ。財布は持ってるからな」
 これが女の子ならこうはいかない。まず着替えて髪をとかして化粧をして、持ち物のチェックをしてから「さぁ行きましょう」となるから、出掛けるまでに30分は楽にかかる。ところが晶の場合、支度が整うまで30秒とかからない。髪だって手櫛でちょちょいと整えて終わりだし、着替えもしないから簡単だ。すぐに出掛けられないような格好をしていないということと、あまり服装に拘らないせいだろう。そんなところが晶の可愛い顔やまっすぐな気性と同じ位、結城はお気に入りだった。
 寮の玄関のところにある名札を裏返して、「外出中」にすると外に出る。久しぶりに顔を見せた太陽が、ここぞとばかりに強い日差しを照りつける。ムワッとした空気が結城たちを包み込み、二人の額に早くも汗が滲む。
「あちー……」
 結城が眩しそうに手で日差しを遮り、目を細める。
「うん。蒸し暑いな」
 だが晶は嬉しそうだった。こんなに天気が良い日に部屋の中でじっとしているのは性に合わないのだろう。
「さ、行こうぜ」
 ムシムシした空気の中を駅に向かって歩き出す。
「結城、どんなお化け屋敷なんだよ?」
 好奇心で晶の目が輝いている。
「お化け屋敷事態は普通のお化け屋敷らしいぜ。日本風のおばけか西洋風のおばけかってんなら、日本風だな」
「結城が誘うんだから、もっと珍しいのかと思った」
 落胆の色を見せる晶に、結城はニヤリと笑った。
「まさか。オレがそんなつまんねーとこに誘うわけないだろ?でも種明かしはもうちょっとしてからな」
「なんでだよ?」
「話せば解るよ」
「話してくれないから解らないんだろ?」
「そりゃそうだ」
 楽しそうに笑うけれど、決して結城は話そうとしない。
「何も『ずっと話さない』って言ってる訳じゃねーんだから、もうちょっと待ってくれ。な?」
 そう言われては晶も引き下がるしかない。
「あとで絶対に話せよ?」
「ああ。勿論」
 渋々引き下がった晶に結城はにっこりと笑って見せた。


 結局結城がそのことを晶に話し始めたのは、お化け屋敷の行列に並び始めてからだった。
「実はここ、10年くらい前まで大きな池だったんだよ。深さも結構あって、子供が脚を滑らせて溺れたり、自殺なんかも結構あってさ。危ないから、ってんで埋め立てたところにこの遊園地が出来て、どういう因縁かその池のあったところが丁度ここなんだよ」
 心なしか晶の顔色が変わる。
「まさか、結城……」
「そ。出るらしいぜ。ホンモノが」
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる結城に、晶の頬が引きつる。
「…冗談だろ?」
 心なしか逃げ腰になる晶の腕をガッチリと掴み、
「噂だけど出る確立は高いらしいぜ。…まさか晶、逃げようなんて思ってないよなぁ?」
「うっ……」
 意地の悪い結城の言葉に晶が固まる。そんな様子を目にしてさすがに可哀想になったのか、
「出る、って言っても噂だし、『怖い、怖い』と思っていればススキだって幽霊に見えるんだからあんまり神経質になるなよ」
「そ、そうだよな」
「そうそう。客寄せのために遊園地側がたてた噂かもしれないだろ?気にするな」
「うん」
 あとでフォローするくらいなら最初から言わなければ良いと思うのだが、そこまで考えてはいなかったらしい。
 とうとう晶たちの番がやってきた。
「次の方どうぞ。足元に気をつけて下さいね」
 暗い中を二人で歩き出す。明かりは弱々しい青い光や赤い光。時折先を歩く人たちの悲鳴が耳に届く。今のところ何も出ないが、どうしても暗くてよく見えない中をキョロキョロと落ち着きなく見まわしてしまう。
「キャーッ!」
 突然女の子の悲鳴が聞こえ、
「うわっ!」
 それに驚いた晶も悲鳴に似た声を上げる。それに驚いたのは隣にいる結城で、何があったのかと辺りを見まわすが、特に驚くようなものはない。
「何にもいねぇじゃねーか。脅かすなよ。行くぞ」
「ごめん」
 結城の半歩あとをついて歩く。
 すぐ目の前にいるのは、本当に結城だよな……?
 暗くてよく見えないと見慣れた人の姿すら誰だか解らなくなる。
「結城、本当に結城だよな?」
 不安になって、おそるおそる声をかけてみる。
「そうだよ。…ほら」
 晶の手を探りギュッと握る。
「結城?」
「こうすりゃ隣にいるのは絶対にオレだろ?」
「…サンキュ」
 繋がれた手が暖かい。結城に手を引かれ歩き出すが、
「ひゃっ!」
 悲鳴を上げる度に、結城との距離が近くなる。
 忍者屋敷のように壁がグルリと回ってオドロオドロしい覆面を被ったお化けが現れたときには、
「●△×■÷☆/▼?!」
 声にならない悲鳴を上げ、結城にしがみついてしまう。
「晶、落ち着け!」
 遠慮なくしがみつかれ、あまりの苦しさに晶を引き剥がそうとするが、離れまいとしがみつく力にバランスを崩してしまった。
「うわっ!」
 壁に背中を強く打ちつけその場に座り込んでしまう。
「いってー」
 背中の痛みに顔を顰(しか)める結城を、
「ごめん!大丈夫か?」
 晶が心配そうに覗きこむ。
「そういうなら少しは考えてしがみついてくれ」
「ごめん…」
 しゅんと俯く晶の後ろに人の気配がした。振り向くと、
「!?」
 座り込んだまま背中をさすっていた結城に再びしがみついてしまう。
「わっ!」
 再度背中を壁に打ちつける羽目になった結城は眉間に皺を寄せながら、晶の背後、自分の正面に目を向けた。
 髪の長い女性が立っていた。
「…晶、お化けじゃねーよ」
 しがみついて震えている晶の背中を宥めるように叩く。
「えっ?」
 恐る恐る顔を上げ、結城に「見てみろ」と促され、おっかなびっくり振りかえる。
 大丈夫?と言うように、晶を見つめたまま首を傾げる。
 急に恥ずかしくなった晶は、慌てて結城から離れた。
「大丈夫、です」
 にっこり笑ったのが気配で解った。
 出口が近いのか、ついて来るように手招きする。促されるように立ち上がり、結城を振りかえる。
「結城?」
「はいはい」
 面白くなさそうに立ちあがると、汚れているかもしれない服をはたく。
「もう少しお手柔らかに頼むぜ」
「ごめん」
 突然現れた女性を先頭に歩いて行く。
 化け猫のお化けが目の前を横切ったところで、前方にうっすらと見える明かりを指差した。それを目にした晶から露骨に力が抜けた。
「良かったじゃねーか」
 晶の肩をポンと叩き、案内してくれた女性に目を移すと、そこには誰もいなかった。
「あれ?晶、彼女は?」
「えっ?」
 言われて晶も辺りを見まわすが、女性の姿はどこにもない。
「いない…先に出ちゃったのかな?」
「そうだよなぁ?戻るってことはないだろうし。戻ってくればオレたちも解るもんな。出るか?」
「うん。ちゃんとお礼を言った方が良いかもな」
 新たな激しいお化けに脅かされることもなく、お化け屋敷の外に出るが、それらしい女性はいない。
「いないなぁ、どこに行っちゃったんだろう?」
 そんなに気にする必要はないはずなのに、どうも気になって仕方がない。出口に立っていた係員に女性が一人で出て来なかったかを尋ねてみた。
「女性が一人でですか?いいえ、出てきませんよ」
「間違いありませんか?」
「ええ。女性は大抵友達や男性といますからね、一人で出てくると目立つから覚えていますよ。万が一友達とはぐれても、ここで待っていれば出てきますから」
 不服そうな晶と結城が顔を見合わせる。
「オレたちの前を歩いていたよな?」
「うん。戻って行ったのなら気がつくよ。ここでもう少し待ってみようか?」
「そうだな」
 その会話を訊いていた係員が、再度口を開いた。
「…多分、いくら待っても出てこないと思いますよ」
「?どういうことですか?」
「時々同じことをおっしゃる方がいるんですよ」
「ええっ!?でも普通に会話したのに!」
 晶が応えると、係員は大きく頷いた。
「?声は訊きましたか?」
 言われてみて、彼女が一言も発していないことに気がついた。
「………訊いてない………」
 結城にも確認を取るが、結城も「訊いていない」と首を振る。
「…冗談だろ?」
「いいえ。本当です。その証拠に中いるお化けたちとは全然違うでしょう?その女性の顔を覚えていますか?」
 そう問いかけられて、首を振る。
「顔が見えないほど暗かったのなら、中のお化けも見えませんよ。でもお化けのグロテスクな顔は見えたのではありませんか?」
 言われてみれば、血みどろの顔や、恨めしそうに現れた顔を覚えている。
「…そうだ、オレ、お化けの顔は見えてたし、結城の顔も見えてた……」
「ああ。オレも……」
 ――あんなに親切だったのに、本物だって?
「以前、ここが大きな池だったことはご存知の方も多いのですが、そのときに事故があったんですよ。親に結婚を反対された二人が、駆け落ちしようと池の前で待ち合わせをしたのですが、男性が家から抜け出せずにいた間に、女性は池に足を滑らせて亡くなってしまったそうです。それ以後男性を待つ女性の幽霊が現れるという噂が流れ、池を埋めたてたのですが、こんどはお化け屋敷に出るようになってしまったのです。祠を建てようという話が出ているのですが、急いだ方が良いかもしれませんね」
「…そうなんですか……」
 どうも、と頭を下げ、その場を後にする。
「…おれ、幽霊と話しちゃった……」
「オレも晶の顔は見えてた……」
 あんなにはっきりと会話が成立したのに幽霊だなんて釈然としないが、出口が見えたところで消えてしまったのだから本物なのだろう。
「本当に出ちゃったな、本物…」
「…噂だけだと思ってたのにな」
 お化け屋敷の行列が離れたところに見える。
「ジェットコースターにでも乗って気分転換するか?」
「そうだな」
 ムシムシと暑いのに、晶と結城の二人だけは鳥肌を立てたまま、ジェットコースターの行列に並びに行った。

 空には怪談とは無縁な青い空が広がり、人々も怪談とは無縁の休日の遊園地を楽しんでいた。

おわり

 

 



朔也さんのお話が好きなんです〜。
もっと読みたいのですよぉ。と地団太を踏んだところ、優しい朔也さんから結城x晶を頂きました。
元はHPでのキリリクだったそうですが、いやぁ〜ん、結城も晶も言うことなしっ!
で私のツボなのですよ。こういうふたりが大好きなのです。
晶と結城。ゲームの中のデートの一風景なのです♪

 

















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