Spoilt Heart

 

BY。Rei様






――夕刻――

仕事を終え、マンションに帰宅した饗庭巴は無人のはずの部屋のソファに座っている青年を見つけ、驚きもせずに声をかけた。
「来てたのか、夜刀彦。」
巴は羽織っていたコートを脱ぐと、夜刀彦のとなりに腰をおろした。
「おかえりぃ〜」
「言うだけムダと思うが、家主の留守に上がりこむのはどうかと思うぞ。」
家主が歓待しているとはかぎらないのだから。
そんな冷たい物言いにもまったく動じる様子も無く、夜刀彦は夕焼けを眺めるためについていた頬づえをとき、巴に向き直るといつもの軽そうな笑みを口元に貼り付けて応じる。
が、その瞳の中にいつもは無い憂いの影が浮かんでいる。
――何かあったのか?――
それに気づいた巴が問い掛けるまもなく、夜刀彦がいつもの調子で口を開いた。
「堅いこと、言わんといてぇな。 寂しいやないか。」
言いながらも巴の首に腕を回し、抱きついてこようとする夜刀彦の眼前に、巴は一枚のハガキをかざしてとどめた。
「何や?コレ・・・」
「手紙だ。」
にべも無い巴の回答に夜刀彦の動きがとまった。
読んでみろ、とばかりに差し出されたそれには美しい冬の雪山の風景写真が一面を飾っていた。
せっかくの楽しみの途中を邪魔された夜刀彦は忌々しげにそのハガキに指を伸ばすと、乱暴に裏返した。
すでに巴が読み終えた短い文章に目を走らせる夜刀彦の不機嫌な表情がみるみる優しいものに変わってゆく。
――こんな表情(かお)も、あの子(アキト)に出会う前までは見せたこと無かったな――
そんな巴の視線に気づいたように、夜刀彦は口を開いた。
「『二人とも元気にやっています。――鷺江 諒』 ・・・愛想無い文章やな」
けれど、それが今の諒には精一杯の手紙であることを巴も夜刀彦もよくわかっていた。
最愛の兄とともに笑顔も失ってしまった心優しい少年・暁人――。
夜刀彦の思い出す暁人はいつも笑顔をむけているが、愛するものを失った悲しみが癒えるにはまだ時間がかかるだろう。

「あの二人、まだ帰って来ぃひんの?」
「ああ。携帯の電波も届かないような山奥に二人でこもったきりだ。もうひと月だぞ?・・・私には三日と耐えられないな。おかげで私はこの時代に諒と仲良く『文通』している。」
巴は大げさにため息をつき、肩をすくめてみせた。
「これで連絡もこなかったら冬眠したのかと疑いたくなるところだがな。」
あえてなんでもないことのように答えてみせる巴の仕草に夜刀彦は笑いをもらす。
「そんでも、早く暁人が前みたいに笑えるようになるとええな。 ――あの笑顔に・・・俺は救われたんや・・・」
そう言って視線を落とした夜刀彦の瞳が再びかげるのを巴は見逃さなかった。
いつも突飛な行動をする男だが、今日のその態度はあまりにもおかしすぎる。
普段からお調子者で信用の置けない男ではあるが、巴はこの男が嫌いではなかった。
むしろ、本人が隠そうとしているわずかな変化に気づく程度には好きだった。
巴は夜刀彦の顔を向けさせると、真剣な声で問う。
「いったい何があったんだ、夜刀彦?」
「・・・別に何もないねんけどな・・・すべて片付いて、気ぃ抜けてしもぉたんかな・・・?」
そういって寄りかかってきた夜刀彦の頭を、巴は黙って受け止めた。

巴と夜刀彦の父親である先代長が死んだ後、夜刀彦の母・八重子は一族の者の手によって殺された。
その後夜刀彦は母の復讐のためだけに生きてきたのだ。
その復讐が終幕を迎え、『気が抜けた』というのもわかるが、それでも今頃になって何故だ?
という気持ちが先に立つ。
巴の気持ちが伝わったように夜刀彦が口を開いた。
「ふいに思い出してん。・・・今日、お袋の命日なんや。」
「!!」
はじかれたように自分の胸にある夜刀彦を見下ろしたが、その頭に隠れて表情までは伺えない。
『早くお逃げなさい』
八重子は自分の身を犠牲にして、幼い一人息子を逃した。
自分の過去を淡々と語る夜刀彦の言葉に巴は静かに耳を傾ける。
「哀しい女(ヒト)やったと思う。借金のカタに中学生でジジイに買われて、愛してもおらんそのジジイの子供産んだんや。」
巴は夜刀彦がいつもよりも小さく見えて、その頭を無言で抱き寄せた。
「金で買われた男の子供やで?憎まれても仕方ない思う。・・・それでもお袋はちゃんと俺を愛してくれてん。自分死んでもかまわへん位にな。なのに、その子供は『復讐』に頭いっぱいになっとって、今まで命日も思い出さんような薄情者や。ホント、浮かばれへん。」
そう言って身じろいだ夜刀彦のいつにない真剣なまなざしが巴を捕らえる。
「アンタ、キレイやな。あったかくて気持ちいい――少し、お袋に似とるわ。」
「おや、いつの間に私はこんな大きな子供を持ったんだろうな?」
おどけて返してみせる巴の膝を枕にして夜刀彦は転がる。
「アンタをお袋の代わりに思ったことはないで。お袋は運命を受け入れることは出来ても、そん中でアンタみたいに自分らしく生きることは出来へんかった。」
「それではコレは何なのだ?」
そう言って巴は自分の膝に乗っている頭をなでる手を止め、短い髪を引っ張ってみせた。
「なんや人恋しいんや。」
そう言って巴の膝に頬を摺り寄せる夜刀彦の頭を巴は再びなではじめた。
「――さびしいのか?」
「そういうわけでもないねんけど・・・――甘えさせたって?」
「なんだ。いい年して、まだ甘えたいのか。」
言葉と裏腹に、返す巴の声音はひどく優しい。夜刀彦は己の髪をなでる手の温もりにうっとりと目を閉じる。
「ええやん。男はいくつになっても子供のままなんや。」

すでに日の落ちた室内は、窓の外から差し込む灯かりにわずかに照らし出されているだけだ。
巴の膝に頭を乗せていた夜刀彦の頬に漆黒の髪がかかり、ついで閉じていた瞼に柔らかな唇が軽く触れて離れていった。
その感触に夜刀彦が目を開けると,薄闇の中、優しく微笑む巴がいた。
「どうした?甘やかしてほしいのだろう?」
「ああ。」
夜刀彦は両腕を伸ばし、巴の頭を包み込むとゆっくり引き寄せる。
「朝まで甘やかしてんか?」
「・・・今回だけだぞ」
その答えににやりと笑んで唇を重ねてくる夜刀彦に、巴は瞳を閉じて答える。

――まだ夜は始まったばかり――

 

 

 

 

 


 

いつも素敵なイラストを頂くRei様にお強請りしたらこんなに素敵な巴&夜刀彦を頂いちゃいました。
諒EDの後のふたりですね。
傷なめ合うことを受け入れるわけではないのに、お互いの腕を優しいと思うのはきっと想う幸せが同じだから顔しれませんね。
タイトルがなかったお話に「よろしかったらつけてください」と仰る言葉に甘えてつけてみました。
イメージが伝わるといいのですが…
いつもいつもありがとうございます!

 

 

 

 

 


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