Happy Birthday 〜新たに綴る物語〜

 

 

by 加ノン様

 




「諒、おたんじょうびおめでとう。かんぱーい。」
幼い暁人の声に続き、グラスのふれあう音が響く。
ここは久神家、総一郎の居室。
いまここで諒は二人の従兄弟に祝福されて、15回目の誕生日を迎えている。


 この祝いの席をそもそも提案したのは暁人だった。諒の誕生日が近いと知った暁人は、年の離れた兄にぜひとも誕生日会をしたいとせがんだ。その場に居合わせた諒は、そんなに大げさな事でもないから、と辞したが、「諒の特別な日だもの、祝いたいんだ。」と、にっこり笑う暁人にこれ以上拒否することはできず、また、その日がちょうど土曜日なので泊まっていくといいだろう、と総一郎にもすすめられ、この幼い従弟のかわいらしい好意を受け取ることに決めたのだった。
それに、少なくとも自分の家にいるよりかはいい。あの父と二人きりの家よりは。ましてや特別な日なのだから。


 幼い頃、諒の母は子供の誕生日には必ずケーキを焼いてくれた。トッピングを手伝うのは子供達の仕事だった。クリームと格闘しながら、一年にたった一度の大切な日を祝うためのケーキを作り上げていくのは、子供心にもこの上なく楽しく、またワクワクするものだった。母の目を盗みクリームをなめるのもまたひそかな楽しみだった。あの甘い味は、まさしく幼い頃の幸せそのものを表しているようだった。
あの頃は…あの幸せな時代は、もう二度と戻らない。今年の誕生日には、母も、そして妹ももういないのだから。あの父と二人きりの暮らし…時々諒は頭がおかしくなりそうになる。そんな諒を今つなぎとめてくれるものが、二人の従兄弟の存在だった。


 総一郎が手配したごちそうを食べながら、いつになくごきげんではしゃぐ暁人に目を細め、諒はこの場にいる幸せを改めて感じていた。暁人がいて、総一郎がいて、そして二人は自分の生まれた日を祝福してくれている。ふわりと微笑んだ諒の顔にはしかしどこか悲しげな陰りがあった。それに気付いたのだろうか、暁人は諒を見上げ、
「そうだ、諒、プレゼントがあるんだ。ねえ、兄さんもういいでしょ?」
「もう出してしまうのか?プレゼントはケーキのろうそくを消した時にしようと言っていたじゃないか。」
「でも、今出したいんだ。早く諒にも見てほしいよ。」
「しかたないな、暁人は。」
総一郎も微笑むと、テーブルを一瞥し、諒のほうをうかがった。
「そろそろ食事を切り上げて、ケーキにするか?」
丁度食事は一段落したところだった。それを確認してからの事だったのだろう。総一郎らしさを再認識した諒だった。
「ああ、頼む。」
「ありがとう、兄さん。」
どうして暁人はこんなに心から笑うことが、喜ぶことができるのだろう。そう思わずにはいられない笑顔だった。
「じゃあ、少しここを片付けよう。手伝ってくれるか、暁人。」
「うん。」
「オレも手伝うよ。」
「いいってば。今日は諒の誕生日だもの。」
「いや、手伝わせてほしいんだ。」
ここにこうして三人でいることを、もっと感じたい。諒の希望が通じたのだろう。
「諒、それではこの皿を重ねて、場所を作って布巾で拭いておいてくれ。俺はケーキを持ってくる。」
総一郎はキッチンの冷蔵庫へとケーキを取りにいった。


 部屋の明かりを消して、一本ずつ丁寧に総一郎は火を灯した。15本目のろうそくに火を灯すと、不思議な沈黙が部屋を満たした。それは心地良い空気だった。深く息を吸い込み、諒は一息で吹き消した。吹き消すのと同時に、控えていた総一郎が明かりを点けた。それを合図に、暁人はハッピーバースデーの歌を歌う。歌が終わると、二人は拍手をして、諒にそれぞれの贈り物を差し出した。
「おめでとう、諒。」
暁人からは、リボンでまとめた丸めた紙。
「おめでとう、15歳だな。」
総一郎からは、きれいに包装された小箱。
「ありがとう、暁人、総一郎。祝ってもらえた上に、プレゼントまでもらえるなんて…。」
どこか涙腺が緩むのを諒は感じた。
「じゃあ、暁人の方から見せてもらおうかな。」
リボンをほどき、紙を広げてみると、それは諒の絵だった。
「似てるかな?諒のつもりなんだけど。」
心配そうにうかがう暁人ににっこりと諒は笑った。
「暁人は絵が上手いな。ありがとう。オレより男前かもってくらい上手だぞ。」
「わー、ありがとう。」
「これは結構前から熱心に描いていたんだぞ、諒。」
「はい、大事にいたします。」
どこか真面目な総一郎にいたずらっぽく答えると、諒は次に総一郎からのプレゼントを手に取った。
「気に入るといいが。」
ラッピングを解くと中からは趣味のよい万年筆が出てきた。
「高かったんじゃないのか?」
「もうおまえも15だ。まだ使わないかもしれないだろうが、このくらい持っていても悪くはないだろう?」
「ありがとう総一郎。大事にする。」
どうやらとても気に入ったようだ。黒く光る万年筆を、諒は大事そうにケースの中へと戻した。
「良い機会だ。この万年筆で、日記でもつけ始めたらどうだ?」
こういう狙いもあったのか。諒は心の中で唸った。きっと総一郎は、当初からその予定でこれを選んだのだろう。暁人と過ごす新しい日々の物語を書き記すことによって諒の心の傷がいえることを望んでいるのだ。悲しみと嘆きと過去にとらわれる諒の痛ましい姿に、総一郎はとても心を痛めている。自信の長としての使命、そして何も知らない無邪気な暁人を待っている残酷すぎる運命、そのどちらをも背負い、それだけで押しつぶされそうになっているというのに、それなのに総一郎は諒のことまで気にかけてくれる。それは信頼や絆から生じる無償の好意であり、諒には何よりもうれしく、温かいものだ。一族の呪わしい星の下に生まれた諒が、今日まで道を誤らずに生きてこれたのは、総一郎に負うところが大きい。ああ、やっぱり総一郎ってやつは、と諒は思った。
「日記なんてしばらくつけてないぞ。続いても、せいぜい三日だ。」
指を三本立てて、おどけてみせる。
「諒、短すぎるよ。」
「三日坊主って言うんだぞ、覚えとけ。」
えへん、と胸を張る諒に、何だかかっこよさそう、と暁人は返す。
「こらこら、暁人にまた変な教え方をして。いいか、暁人、三日坊主というのはほめ言葉ではないんだよ。むしろけなし言葉だ。何をやっても続かないやつのことを言う。暁人はこうなってはいけないよ。」
「はーい、兄さん。」
「暁人ってほんと、素直だよなぁ。まるで…。」
まるで、あいつみたい。
諒ははっとして口をつぐんだ。
これは口にしてはいけない言葉。口にした途端に辛く悲しくなることがわかっているのだから。あいつ、2歳年下の妹―諒のことをお兄ちゃん、お兄ちゃんと慕っていた、素直でかわいいしっかり者の静。あんなにひどい命の落とし方をした少女。どんなにか辛かったろう、どんなにか苦しかったろう。どれほど深い恐怖と絶望のうちに命を失ったのだろう。


 「諒?」
突然黙りこんでしまった諒を不思議に思ったのか、暁人は心配そうにのぞき込んだ。この純粋できれいな心を持った、感受性の鋭い暁人には、きっと諒の心のふるえが察知できるのだろう。事情を知らなくとも、共に喜んだり悲しんだりできる心の無垢さをこの子は持っている。今の諒にはそれが救いだった。この子となら、歩いてゆける、諒は時折そう感じることがある。
「ケーキ食べ終わったら、ゲームしようよ。ねえ、すごろく作ったんだ。諒がこの前話してくれたおほしさまの一生をすごろくにしたんだけど…。」
「すごいじゃん、そんなの作ったのか?」
暁人の顔がほころぶ。
「うん、兄さんにも手伝ってもらって。」
「ああ、あれは力作だったな。ケーキを食べ終わったら持ってきなさい、暁人。」
ろうそくを取り除いたケーキを切り分けて皿にのせ、総一郎は3人のグラスにジュースを注ぎ足した。自分のグラスを少し傾けると、
「それでは、改めて諒の15回目の誕生日を祝って…これからの幸せを願って。」
「かんぱーい。」
総一郎がすると、こんな動作も気障には見えないのが良い。むしろ似合っている。
やっぱかっこいいよな、と諒は思う。そういえば、総一郎には恋人はいるのだろうか?聞いたことはないが、これほどの男前を放っておく女がいる訳がない。優しくて、穏やかで、常にそっとエスコートしてくれる、容姿端麗で長身の美青年。同性の諒でさえほれぼれするような…。
いけない、いけない、何を考えているんだ自分は、と諒は頭を小さく振った。そして、心の中では「後で必ず聞いてやる」と決めていた。


 ケーキは甘いものが苦手な暁人に配慮したのだろう。上品な甘味がほのかにする。バースデーケーキというとどれも芸がなくただ甘ったるいだけのものばかりだが、これは違って甘さひかえめで美味しい。きっと有名な店のものなのだろう。さりげなく一流品を使いこなす総一郎の趣味のよさに憧れのため息をつくことはよくあることだ。やっぱりかっこいい、としか表すことのできな自分のボキャブラリー不足をうらめしく思う諒だった。
「美味いか、暁人?」
暁人の口のまわりのクリームをふき取り、かいがいしく総一郎は世話を焼いている。こいつきっと将来子煩悩なパパになるな、と一人思う諒だった。


 ケーキが終わると暁人は部屋へとすごろくを取りに行き、総一郎は、やはりケーキにはジュースではなくコーヒーの方がよかった、とコーヒーをいれに席を立った。
一人残された諒は、色とりどりの手作りのかざりで飾り付けられた総一郎の部屋を見回し、普段の彼の居室とのギャップに苦笑した。これ、イメージと全然違うよな、と。
きっと兄弟二人でせっせと作ったのだろう。折り紙で作った輪かざりなどを見ると、二人で作る姿が自然と思い浮かぶ。そして嫌でも重なり合って思い浮かぶのが、幼かった自分と妹が輪かざりを作る光景だった。

今日は、諒の誕生日。一年に一度の特別な日。
でもここにはもうハンドメードの甘いケーキもなくて、祝ってくれた家族ももういない。でも…でも、暁人がいる。総一郎もいる。部屋に二人が戻る頃には、諒の顔からは陰りが消えていた。


 すごろくは結局総一郎が一着で、諒はビリだった。実のところ、諒が最もサイコロの目に恵まれて、一番早くゴールに近づいたのだが、「ゴールにぴったりで着かなければ上がれない」というルールに何度も阻まれて上がれなかったのだ。一方、少しずつコマを進めていた総一郎は一度目でゴールにちょうど到着し一着となった。
すごいねとはしゃぐ暁人に総一郎が言うには、「日頃の行いの差だ」そうで、それを聞いた諒は「ついてないの、ちぇっ。」といじけてしまった。そんな様子がとてもおかしくて、総一郎はめずらしく声を上げて笑った。つられて暁人もコロコロ笑った。諒もしまいに笑い出した。
ひとしきり笑い、一段落すると、総一郎は時計をながめて暁人にそろそろ寝るように促した。暁人はもう少し起きていたいと言ったが、言い張るそばから眠そうな様子だったので諒も引き止めなかった。
時計の示す9時はさしずめよい子の眠る時間。夜更かしさせずにちゃんとしつけているんだろうな、と諒は総一郎の几帳面さに苦笑した。
「風呂は?」
まだ入っていないんじゃないか、と諒は思った。
「諒が来る前に入ったから、後は着替えるだけだ。」
さすが総一郎だ、こういうところまで計算に入れているとは。
「俺も暁人を入れた時に済ませた。寝かしつけている間に諒も入ってくるといいだろう。勝手はわかるな?」
久神家の風呂に入るのは初めてのことではないので、大体の勝手はわかる。
「今日は親はいないから、気兼ねすることは何もないからな。ゆっくり入ってくるといい。」
「ああ。」
諒は眠そうな暁人を抱き上げほおずりすると、今日はありがとう、おやすみ、と言った。暁人もおやすみ諒、と答えると、総一郎に手を引かれて部屋を出た。






next







うわぁ、うわぁ、すごい幸せです。諒のお誕生日を祝う兄と暁人。
暁人の綺麗な瞳が私にもわかります。
諒もとても幸せだったんだと想うだけで私も幸せになります。
本当にありがとうございました。
そして!ポイントはこの後ですね。「続きは”子供が寝た後で”」なのですよね。
あぁ、お強請りしてよかった(笑)。

 


















女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理