FAKE
BY蒼様
控えめなノックが聞こえたかと思うと徐に開かれた扉。
慌ててパソコンのウインドウを閉じた俺は予想外の来訪者を睨んだ。
「勝手に入って来るなよ!」
「また良からぬ事をしていたんだろう」
トレードマークでもある眼鏡を軽く上げて、相変わらずの嫌味を浴びせられた。
文句の付け処のない容姿と頭脳の持ち主は俺の神経を逆撫でする事しか頭にないのだろうか。
「構内から犯罪者を出したくはないが…」
「そんなヘマはしねぇよ!」
勢いに任せて反論すると、奴は片眉を上げて軽く溜息をついた。
「矢張りな…昨今、身の程知らずなハッカーは多いからな」
「誰が身の程知らずだ!だいたい、そんな嫌味を言う為に来たのかよ」
「いや、晶が来てないかと思ってな」
何故か奴の口から晶の名が出た途端に胸の辺りがむかつく。
これは今に始まったことではないが保護者気取りの態度にいつも乍ら気分が悪くなる。
「見れば分かるだろう」
俺は視線を背けて吐き捨てるように言った。
「ああ、分かったけどな。おまえの顔を見ると揶揄いたくなった」
鼻で笑われたと思った。
「用は済んだろう?早く出て行けよ」
「ああ」
あっさりと答えが返って来たので俺は無言でパソコンのマウスを操作し始めた。
それでも意識は奴に奪われている。
暫くしても扉を開く気配がないことを訝しんだ俺の態度はというと無理矢理ディスプレイに視線を合わせたまま。
「ああ、もう一つの用を思い出した」
内心驚いて振り返ろうとする前に背後から奴のひんやりとした手がディスプレイを見つめたままの俺の首に触れる。
「え?」
そのまま顎を掬われた。
奴は外した眼鏡をパソコンデスクにそうっと置いた。
頭上から見下ろされたまま視線が絡む。
普段は向けられる事が無い柔らかな微笑が浮かんだ。
胸が高鳴る。
「な…に?」
近付いてくる端正な顔立ちに魅入られたように身体が動かない。
そして、接吻されたと気付くのに暫くの時間を要した。
「嘘…だろ…?」
奴の顔を凝視したまま口唇に残された温かな感触を指先で確かめている自分が可笑しい。
困惑する反面、狂喜しているらしい自分に気付き驚愕している俺の身体は何のリアクションにも移せない。
「何が嘘なんだ?…確かめてみろ」
口唇に当てた指を攫われて爪に軽く口付けられた。
躯がびくりと跳ねた。
それに気を良くしたらしい奴は口元で笑い、椅子ごと俺の身体を振り向かせた。
そして身体を屈めると俺の長めの前髪を掬い、反射的に閉じた瞼に口唇を落とす。
「や…めろ」
思わず口から出た拒絶は心を伴っていなかった。
接吻は頬を辿り、口唇まで行き着く。
先程とは打って変わって、半ば強引に押し付けるようなそれはとても熱かった。いや、俺の躯が熱を発しているのかもしれない。
我知らず緊張に歯を食いしばった俺の頤を叱咤するように強く掴む。
自然と弛んで隙間の出来た歯の間を縫うように忍び込む熱い舌。そして、俺のそれを追う。
俺の逃げを打つそれに諦めたのか今度はゆうるりと歯列をなぞり始める。
首筋が快感にざわめく。
上顎をくすぐられる刺激に俺は堕ちる。
自ら奴の舌に絡み付き甘噛みした。
うっすらと目を開くと奴は御褒美だと言わんばかりに目を細め、背中を優しく愛撫し始めた。
目眩がするような心地よさに無心で貪る。
「ん…はぁ…ん……」
熱を持った吐息に酔う。
すると、その陶酔を邪魔をするように柔らかな機械音のメロディが互いの鼓膜を震わせた。
「!?」
唐突に終止符が打たれたのだ。
発信源を目で探すと、それはベッドの上に放りっぱなしの携帯電話だった。数秒で途切れたメロディはメールの着信音だ。
我に返ると、何が不安なのか俺は無意識に奴にしがみついていたことに気付く。
慌てて身を離し、視線を足元に落とした。
「用ってこんなことか!?嫌がらせにも程があるだろう!」
奴の手に堕ちた俺は悔しさに憤った。
「嫌がらせとは心外だな。おまえは俺に惚れてるんだろう?」
俺は驚愕した。
「なに…?何を勝手に勘違いしてんだよ!」
心泊数が跳ね上がった。
「勘違いしてるのはおまえだよ。ガキみたいに…嫌がる素振りは俺を意識してる証拠だ。俺が晶を構うことが厭なんだろ?それは嫉妬っていうんだよ」
「………」
衝撃に双眸を見開く。
自分ですら気が付かなかったことを奴は知っていた…?
「良い暇潰しになったよ」
眼鏡をかけ直した奴は見慣れた皮肉な笑みを浮かべている。
あまりの科白に逆上した。
「最低!おまえなんか大嫌いだ!」
「嫌よ嫌よも好きのうちってな」
ゆっくりと閉じられた扉を食い入るように見つめた。
「マジかよ…」
深い溜息が洩れた。
蒼さんからの頂きモノなのです。
普段は高村の下×坂メインで活動しているのですが、今回はこんなに可愛い結城を書いてくれましたー!
いつもいつも凹む私の元気の素になっている蒼さんです。
次も楽しみにしてますv
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